東京地方裁判所 平成7年(ワ)306号 判決 1998年9月02日
再審事件原告・併合事件原告(以下「原告」という。)
ワールドパワーツアーズ有限会社
右代表者代表取締役
呉謹仁
右訴訟代理人弁護士
岡本敬一郎
再審事件被告・併合事件被告(以下「被告」という。)
青栁晴久
右訴訟代理人弁護士
栗宇一樹
同
赤堀文信
同
松本直樹
同
飯田秀郷
右訴訟復代理人弁護士
早稲本和徳
主文
一 東京地方裁判所が平成五年七月一二日に言い渡した平成五年(ワ)第九四二六号貸金請求事件の判決を取り消す。
二 第一項記載の事件における被告の請求を棄却する。
三 被告は、原告に対し、金六六四万九一〇〇円及びこれに対する平成七年一月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 原告のその余の請求を棄却する。
五 訴訟費用は、第一項記載の事件、再審事件及び併合事件を通じてこれを五分し、その四を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
一 再審事件
1 原告
主文第一項と同旨
2 被告
再審の訴えを却下する。
二 主文第一項記載の事件(以下「本案事件」という。)
1 被告
原告は、被告に対し、三〇〇〇万円及びこれに対する平成五年三月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 原告
主文第二項と同旨
三 併合事件
1 原告
被告は、原告に対し、一四一七万七六〇〇円及び内金六六四万九一〇〇円に対する平成五年一〇月二六日から、内金七五二万八五〇〇円に対する平成九年一二月三日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告
原告の請求を棄却する。
第二 事案の概要
本件再審事件は、本案事件において、原告に対し、貸金の返済として被告に対して三〇〇〇万円を支払うよう命じた確定判決(以下「本件確定判決」という。)について、原告が、被告に対し、右事件における訴状副本の送達に瑕疵があったなどと主張して再審を申し立てたものであり、本件併合事件は、右確定判決に基づく強制執行によって被告が不当に利益を得たと主張して、原告が被告に対し、その利得の返還を求めたものである。
一 争いのない事実等
1 当事者等
(一) 原告は、香港政庁会社法を会社成立の準拠法とし、主に旅行代理店業を営む会社で、その代表取締役は呉謹仁(以下「原告代表者」という。)である。日本の商業登記簿上、原告の日本における支店(以下「東京支社」という。)の所在地は「東京都文京区本駒込<番地略>アセッツ本駒込五階」、日本における代表者は「劉廣祥」となっている。東京支社の事務所は、平成三年末ころ、「東京都千代田区神田須田町<番地略>パレドール神田八〇一号」に移転したが、登記簿上の支店の所在地の記載は変更されていない。
(二) 被告は、日本において赤木印刷株式会社を経営している者である。
(三) 原告代表者、被告及び緒方薫は、昭和六二年、資本金一万香港ドルを出資して、不動産投資を目的とするパワーヒーローデベロップメントリミテッド(以下「パワーヒーロー」という。)を香港において設立した。
また、原告代表者及び被告は、資本金一〇万香港ドルを出資して、観光バスを所有し、これを運用することを目的とするワールドパワーコーチリミテッド(以下「パワーコーチ」という。)を香港において設立した。
(四) 緒方基秀(以下「基秀」という。)は、平成三年一一月ころから、原告の東京支社における営業に従事し、同月一五日から平成五年六月二八日までの間、香港政庁において原告の取締役としての登記がされていた。
2 本案事件の審理経過等
(一) 被告は、平成五年五月二六日、原告に対し、「被告は、平成四年九月一〇日、原告に対し、弁済期を平成五年三月一三日と定めて三〇〇〇万円を貸し付けた。」と主張して、貸金三〇〇〇万円及びこれに対する同月一四日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める訴えを東京地方裁判所に提起した。訴状には、原告の日本における代表者として「劉廣祥」、原告の送達場所として「東京都千代田区神田須田町<番地略>」と表示されており、また、訴状には、平成四年九月一〇日付け金銭借用証書と題する書面(乙第二号証、以下「本件証書」という。)の写しが添附されていた。
(二) 右訴状の副本及び口頭弁論期日呼出状等は、平成五年六月三日、受送達者本人氏名を「活力旅業有限公司ことワールドパワーツアーズ有限会社 日本における代表者劉廣祥」として、右訴状に送達先として記載されていた場所にあてて送達に付され、同月四日、基秀が「事務員」としてこれを受領した(証人基秀)。
(三) 平成五年七月五日に本案事件の第一回口頭弁論期日が開かれたが、被告の代理人が出頭したのみで、原告は欠席した。
(四) その後、平成五年七月一二日、被告の原告に対する請求を全部認容する判決(欠席判決)が言い渡され、右判決正本は、同日、受送達者本人氏名を「活力旅業有限公司ことワールドパワーツアーズ有限会社 日本における代表者劉廣祥」として、訴状に送達先として記載されていた場所にあてて送達に付された。
基秀は、同月二一日、神田郵便局において、郵便送達報告書の「受領者の押印又は署名」欄に「劉廣祥」と署名して右判決正本を受領した(証人基秀)。右判決は、その後一四日間が経過した同年八月五日に確定した。
3 強制執行
被告は、平成五年八月一八日、右確定判決に基づいて執行文の付与を受け、原告の債務者(株式会社エムワンカード、オーシャンエキスプレス株式会社、株式会社かもめ、ニッカ航空サービス株式会社、株式会社ニューパシフィックツアーズ、株式会社マップ・インターナショナル、株式会社マップコミュニケーションサービス、株式会社マップ・ビジョンジャパン)に対する債権の差押命令を申し立て、同年一〇月四日、右債権差押命令を得た(当庁平成五年(ル)第六六六四号)。
その結果、被告は、株式会社エムワンカードから二六万七九〇〇円、オーシャンエキスプレス株式会社から六九万一五〇〇円、株式会社かもめから二四一万〇六〇〇円、株式会社マップ・インターナショナルから三万四五〇〇円、株式会社マップコミュニケーションサービスから二八六万三〇〇〇円、株式会社マップ・ビジョンジャパンから三八万一六〇〇円、以上合計六六四万九一〇〇円の支払を受けた。
4 本訴提起
原告は、平成六年二月二五日、本件確定判決に対して再審の訴えを提起した。
二 争点及び当事者の主張
1 本案事件における訴状副本及び判決正本の送達に瑕疵が存するか。
(一) 原告
(1) 受送達者本人に対する訴状副本及び判決正本の送達
原告は、基秀を原告の日本における代表者に選任したことはないから、基秀に対する送達が受送達者本人である原告に対する送達として有効となることはない。
(2) 訴状副本及び判決正本の補充送達としての有効性
原告代表者は、平成五年五月一八日ころ、基秀に対して解雇通知をし、基秀も、同月二九日に東京支店を閉鎖するとの書面を東京支社内に残していることなどからすれば、基秀は、遅くとも同年六月四日の時点においては、原告の従業員たる地位を失っていたものというべきであるから、基秀に対する送達が補充送達として有効となることはない。
(3) 以上のとおり、本案事件における原告に対する訴状副本及び判決正本の送達には瑕疵があり、これにより原告の応訴ないし控訴の機会が失われたのであるから、訴訟代理権のない者が訴訟追行することにより当事者の訴訟の機会を喪失させた場合と同視すべきであり、民訴法三三八条一項三号の再審事由がある。
(二) 被告
(1) 受送達者本人に対する訴状副本の送達
基秀は、平成三年一一月、原告の香港支社の取締役に選任され、これと同時に原告の日本における代表者に選任され、未だ原告の香港本社の取締役を解任されておらず、仮に解任されたとしても、その時期は早くとも香港における退任登記がされた平成五年六月二九日である。
したがって、基秀は、本案事件の訴状副本が送達された同月四日には、原告の香港本社の取締役及び日本における代表者の地位にあったものというべきであって、基秀に対する訴状副本の送達は受送達者本人である原告に対する送達として有効である。
(2) 訴状副本の補充送達としての有効性
仮に、基秀が、本案事件の訴状副本が送達された時点において、日本における代表者でなかったとしても、同人は、その当時原告の従業員であったというべきであるから、基秀に対する訴状副本の送達は、補充送達として有効である。
(3) 右のとおり、本案訴訟における訴状副本の送達が適法にされている以上、原告には応訴の機会が与えられていたというべきであり、民訴法三三八条一項三号の再審事由はない。
2 本件再審の訴えは再審期間経過後の訴えに当たるか。
(一) 被告
原告は、平成五年一〇月二〇日、被告に対し、被告の株式会社ニューパシフィックツアーズに対する本件確定判決に基づく債権差押について異議を唱えているから、遅くとも右時点においては本件確定判決の存在を知っていたといえるのであり、再審事由の存在をも知っていたというべきである。
また、本件は、民訴法三三八条一項三号に掲げる代理権を欠いたことを理由とする再審の訴えには当たらないから、同法三四二条三項の適用の余地はない。
したがって、本件再審の訴えは、同条一項所定の再審期間を経過した後に提起されたものであるから、不適法である。
(二) 原告
原告は、平成五年一〇月二〇日の時点においては、いまだ再審事由を知らなかった。原告が再審事由を知ったのは、本案事件の記録謄写をして、原告の日本における代表者である劉廣祥に、本案事件の訴状副本を受領したかどうかについての確認を終えた平成六年二月八日である。
仮に、原告が平成五年一〇月二〇日の時点で再審事由を知っていたとしても、本件では民訴法三四二条三項により、同条一項の規定は適用されない。
3 原告と被告との間で準消費貸借契約若しくは重畳的債務引受契約が成立したか。
(一) 被告
(1) 原告債務1(パワーヒーロー関係)
パワーヒーローの資本金は、被告が全額出資し、更に被告は同社に必要資金を貸し付け、これによって同社は、昭和六二年、二一五万香港ドルで香港のコンドミニアムを購入した。その後、同社は、平成二年、右コンドミニアムを二七三万香港ドルで売却した。被告は、右コンドミニアムの売却代金の一部から、被告の原告代表者に対する貸付金の一部の返済を受けるなどしたが、残りの一一〇万香港ドルはパワーヒーロー名義の銀行口座へ預金された。ところが、原告代表者は、右預金を被告に無断で引き出し、原告の運転資金として流用した。
(2) 原因債務2(パワーコーチ関係)
被告は、原告代表者から勧誘を受けて、パワーコーチの増資のために一二〇万香港ドルを日本から香港に送金したが、結局、同社の増資手続はされず、原告代表者は、右金員を被告に無断で原告の運転資金として流用した。
(3) 主位的主張
原告と被告は、平成四年九月一〇日、原告の被告に対する、パワーヒーロー関係の一一〇万香港ドル(原因債務1)とパワーコーチ関係の一二〇万香港ドル(原因債務2)の合計二三〇万香港ドルの不当利得返還債務のうち、三〇〇〇万円の返還債務を消費貸借の目的とする準消費貸借契約(以下「本件準消費貸借契約」という。)を締結し、本件証書(乙第二号証)を作成した。
なお、右契約締結当時、基秀は、原告の取締役及び日本における代表者であったのであるから、本件証書を作成する権限を有していたというべきである。
(4) 予備的主張
原告と被告は、平成四年九月一〇日、原告代表者の被告に対するパワーヒーロー関係の一一〇万香港ドル(原因債務1)とパワーコーチ関係の一二〇万香港ドル(原因債務2)の合計二三〇万香港ドルの不法行為に基づく損害賠償債務のうち、三〇〇〇万円の賠償債務について、原告も債務者としての責任を負う旨の重畳的債務引受契約(以下「本件債務引受契約」という。)を締結した。
(二) 原告
(1) 原因債務1(パワーヒーロー関係)について
被告の主張する一一〇万香港ドルは、原告代表者が、パワーヒーローが前記コンドミニアムを売却して得られた利益から被告に対する利益分配分及び諸経費を差し引いた残額を、被告の了解を得た上で、前記パワーヒーロー名義の銀行口座から引き出したものである。
被告と原告代表者との間には、当初から、パワーヒーローが得た利益の半分を原告代表者が報酬として取得するとの合意があった。また、パワーコーチの関係で観光バスの購入資金が不足していたことから、被告は、更に追加出資する旨約束していた。ところが、被告は右報酬及び出資金を支払わなかったため、原告代表者は、前記一一〇万香港ドルを右報酬及び出資金として受領したものである。
(2) 原因債務2(パワーコーチ関係)について
被告の主張する一二〇万香港ドルは、パワーコーチに対する増資のために交付されたものではなく、同社が観光バス四台(一台当たり七八万香港ドル)の購入資金として交付されたものであり、右金員は実際に観光バスの購入代金として使用され、被告の右出資分に相当する観光バス二台については、現在も同社に保管中であるが、同社がワインドアップ(解散)の手続に入っている関係で、差し押さえられるに至っている。
(3) 本件準消費貸借契約及び本件債務引受契約について
基秀は、原告の取締役や日本における代表者に選任されたことはなく、平成四年九月一〇日当時は原告の従業員にすぎなかったにもかかわらず、原告代表者に無断で本件証書を作成して、被告に交付したものである。
また、被告と原告代表者が、直接本件準消費貸借契約や本件債務引受契約を締結したことはない。
4 不当利得が成立するか。
(一) 原告
本件確定判決には、前記のとおり再審事由があるにもかかわらず、被告は、右確定判決に執行文の付与を受け、前記のとおり強制執行を行った。右強制執行により得た被告の利得は、法律上の原因を欠き、不当利得に当たる。
(二) 被告
本件確定判決には、原告が主張するような再審事由が存しないから、原告の主張は理由がない。
第三 争点に対する判断
一 前記争いのない事実等及び証拠(甲第一号証、第三ないし第九号証、第一一号証、第一三号証の1及び3、第一四号証の1及び2、第一八号証、第二二号証、第二四ないし第二六号証、乙第一ないし第三号証、第四号証の1及び2、第六ないし第八号証、第九号証の1及び2、第一二ないし第一四号証、第一五号証の1及び2、第一六号証の1及び2、第一七ないし第二五号証、第二七ないし第三二号証、証人基秀、原告代表者本人(第一回及び第二回)及び被告本人)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
1 当事者等
(一) 原告東京支社の開設
原告は、香港政庁会社法を会社成立の準拠法とし、日本から香港への旅行者を対象にした旅行代理店業を主たる業務とする会社であり、呉謹仁はその代表取締役である。
原告は、平成元年九月一日ころ、日本において顧客を集めたり、旅行代金を集めたりするための拠点として、東京都文京区本駒込<番地略>アセッツ本駒込五階に東京支社を新たに開設し、平成二年八月二四日、日本においてその旨の登記をした(甲第九号証)。
(二) 基秀の原告への入社
原告代表者は、仕事を通じて知り合った緒方格(平成二年ころまで、日本航空の香港駐在員をしていた。)の兄ということから、基秀と面識を持つようになった。ちょうどそのころ、原告の東京支社が中国人スタッフのみで運営されており、日本人スタッフを必要としていたこともあって、原告は、平成三年一一月ころ、基秀を東京支社に従業員として雇い入れた。基秀は、同月一五日、原告の香港支社(以下「香港本社」という。)の取締役として登記され(乙第四号証の1及び2)、その後、顧客の開拓、顧客に対する旅行代金の請求、集金及び集金した旅行代金の香港本社への送金等、原告の日本における窓口業務に従事するようになった(乙第二九号証。なお、原告は、右書証の成立を否認するが、第二回原告代表者本人尋問調書末尾添附の第一葉下部の原告代表者の署名と右書証の署名とを対照すると、その筆跡は同一であるといわなければならず、右書証は真正に成立したものであることが認められる。)。
他方、登記簿上の日本における代表者である劉廣祥は、同年一二月ころ、それまで行っていた東京支社の前記業務をすべて基秀に引き継ぎ(乙第二九号証)、東京支社は、基秀と事務員の邵麗潔及び雷福の三名で運営されることになったが、右日本における代表者の変更の登記手続はされなかった。
これに伴い、東京支社は、同年一一月ころ、家賃が安く、場所的にも便利であるなどの理由で、登記簿上の所在地である東京都文京区本駒込<番地略>アセッツ本駒込五階から、基秀の母親が所有する東京都千代田区神田須田町<番地略>パレドール神田八〇一号室に事務所を移転したが、右支店所在地の変更の登記手続はされなかった。
なお、東京支社で集金した旅行代金の香港本社への送金は、香港に三和銀行の支店があり、香港本社への外為送金が迅速にできるなどの理由で、右事務所移転に伴い、三和銀行内神田支店に開設した「ワールドパワーツアーズ株式会社 東京支店」名義の預金口座を利用して行われた(甲第二四ないし第二六号証)。
(三) 原告代表者と被告との関係
赤城印刷株式会社を経営していた被告は、緒方格を通じて原告代表者と知り合い、原告の関連会社であるパワーヒーロー及びパワーコーチに出資したり、一緒に香港のダイナスティ・ヘルスクラブに入会するなどした。
2 パワーヒーローについて
パワーヒーローは、被告が節税対策のためのペーパーカンパニーを設立するよう原告代表者に依頼したのがきっかけとなり、香港のブレーマー・ヒルにあるコンドミニアムを購入し、これを緒方格に賃貸し、管理するために設立された、資本金一万香港ドルの会社である。
被告は、同社の資本金一万香港ドル及び右コンドミニアムの購入資金二一五万香港ドルを全額出資するとともに、同社の代表者にも就任しているが、右コンドミニアムの実際の管理は、原告代表者が行っていた。
なお、右コンドミニアムは、昭和六二年一一月から平成二年三月まで、パワーヒーローから緒方格に賃貸され、その賃料収入から、被告が協和銀行から借り入れた前記購入資金の返済が行われていた。
右コンドミニアムは、平成二年三月ころ、代金二七三万香港ドルで売却され、右売却代金から経費等を差し引いた残額約一一〇万香港ドルは、同年七月四日、國華商業銀行のパワーヒーロー名義の定期預金口座に振り込まれたが(乙第一三及び第一七号証)、その後、原告代表者によって、右口座から全額引き出された。
なお、右経費には、前記のダイナスティ・ヘルスクラブの原告代表者と被告の二人分の入会金合計二六万香港ドルが含まれているが、そのうち原告代表者が負担すべき一〇万八〇〇〇香港ドルについては、三六回に分割して三〇〇〇香港ドルずつを、原告代表者が毎月被告に返済することとし、現実に二四回分については返済が行われた(乙第二五号証、被告本人)。
3 パワーコーチについて
パワーコーチは、昭和六二年ころ、香港で観光バスを所有、運営することを目的として、原告代表者及び被告によって設立された会社であり、原告を中心とするワールドパワーグループの一社である(乙第七号証)。
パワーコーチは、被告からの出資金一二〇万香港ドル及び銀行からの借入金などで、一台七八万香港ドルの観光バスを四台購入したが、その後、同社の経営状況が悪化したため、うち二台を売却した。それでも経営状況は好転せず、結局、残った二台も、バスの運転手らが給料未払を理由に裁判所にワイドアップ(解散)を申し立てたため、差し押さえられた。
4 本件証書(乙第二号証)の作成経緯等
基秀は、被告の要求に応じて、平成四年九月一〇日付けで、原告が被告から、弁済期を平成五年三月一三日、連帯保証人を原告代表者と定めて、三〇〇〇万円を借り受ける旨の記載のある本件証書(乙第二号証)を作成し、これを被告に交付した。
本件証書の借主欄には、「ワールドパワーツアーズ株式会社東京支社 取締役支社長緒方基秀」との記載があり、その横に「ワールドパワーツアーズ株式会社 東京支社」の印影があり、右記載の上に「ワールドパワーツアーズ株式会社香港本社 代表者呉謹仁」との記載があり、その横に「呉」及び「活力旅業有限公司」の各印影がある。また、同証書の連帯保証人欄には「呉謹仁」との記載があり、その横に「呉」の印影がある。
右の各記載及び押印はいずれも基秀によってされたものであるが、本件証書の作成及び交付について、具体的に原告代表者の指示又は承諾を受けなかった(証人基秀)。
5 書き置き(甲第四号証)の作成経緯等
基秀は、平成五年二月一八日、三菱銀行神田支店に「ワールドパワーツアーズ東京支社 緒方求」名義の普通預金口座を新たに開設し(甲第七号証)、原告の顧客からの旅行代金の振込先を、原告代表者に無断で右口座に変更し、平成五年四月末以降、顧客から集金した旅行代金を本社に送金せずに自己のために費消した(甲第四及び第二六号証、証人基秀)。
なお、基秀は、右口座を開設した理由について、当時、原告が破錠の危機に瀕していたため保管しておいた旨証言するが、原告の東京支社としての借入金等があったという客観的な証拠はなく、逆に右口座には顧客からの旅行代金の振込がされていること、右預金は基秀によってかなりの額が引き出されており、その使途は明らかではないこと、右口座名義には、原告の名称が使用されており、基秀が証言する理由からいっても不自然であることに照らせば、右証言は採用できない。
東京支社からの送金がなくなったことを不審に思った原告代表者は、基秀に連絡を取ろうとしたが連絡がつかず、邵麗潔に東京支社の基秀の机を調べさせたところ、中から前記口座の通帳等が出てきた。邵麗潔は、右通帳を印鑑等とともに基秀に無断で持ち出した。
これを知った基秀は、平成五年五月一五日付けで、邵麗潔にあてた書き置き(甲第四号証)を残して、出社しなくなった。右手紙には、「長い間お世話になりました。お金については弁護士代、経費、一部その他に使用しました。後日ウィルソンとは話をします。もうキットちゃんとは会うことがないでしょう。お金については後日私が使用した分は返金します。このオフィスも五月二九日までです。私はほとんど東京にいないでしょう。キットさんもオフィスにこない方がよいですよ。」などと記載してあり、原告の金を流用したことを認めるとともに、東京支社の事務所を同月二九日で閉鎖することを内容とするものであった。
連絡を受けた原告代表者は、同月一八日、基秀に対する解雇通知(甲第一八号証)を書留郵便で送付した(甲第一三号証の3)。
なお、被告は、右書留郵便は、甲第一三号証の1の書面と同時に発見されたことからしても、解雇通知(甲第一八号証)を基秀に郵送したことを証明するものではないと主張し、基秀も、右解雇通知を受けとっていない旨述べるが(乙第三二号証)、甲第一三号証の1の書面が基秀に対する解雇通知ではなく、原告の顧客あての基秀を解雇した旨の通知文書であることはその文面から明らかであり、また、ファックスで受信された形跡があることからすれば、甲第一三号証の1及び3が同時に発見されたからといって、同号証の1の書面を郵送したことを証明するものが同号証の3の書留郵便証明書と断定することはできず、かえって、解雇通知(甲第一八号証)の日付が、書留郵便証明書(甲第一三号証の3)の日付と一致していること、甲第一八号証は、基秀に対する解雇通知であることが文言上明らかであることからすれば、甲第一三号証の3は、甲第一八号証の解雇通知を郵送した際の証明書であることが認められる。
その後、基秀が平成五年六月二八日付けで香港本社の取締役を退任した旨の登記がされ(乙第三〇号証)、一方基秀は、東京支社の事務所の鍵を付け替えて他の事務員が右事務所に出入りできないようにした。
6 本案事件の審理経過等
被告は、平成五年五月二六日、「被告は、平成四年九月一〇日、原告に対し、弁済期を平成五年三月一三日と定めて、三〇〇〇万円を貸し付けた。」と主張して、原告に対し、貸金三〇〇〇万円及びこれに対する同月一四日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める訴えを当庁に提起した。右訴状には、原告の日本における代表者として「劉廣祥」、原告の送達場所として「東京都千代田区神田須田町<番地略>」と表示され、本件証書の写しが甲第一号証の写しとして添附された。
そして、本案事件の訴状副本等は、同年六月三日、受送達者本人の氏名を「活力旅業有限公司ことワールドパワーツアーズ有限会社 日本における代表者劉廣祥」として、右訴状に送達先として記載されている「東京都千代田区神田須田町<番地略>」にあてて送達に付され、同月四日、基秀が受送達者本人の「事務員」としてこれを受領した(甲第三号証)。
本案事件の第一回口頭弁論期日は、同年七月五日に開かれたが、原告が欠席したことから、同月一二日、被告の原告に対する請求を全部認容する判決が言い渡され、右判決正本は、同日、受送達者本人の氏名を「活力旅業有限公司ことワールドパワーツアーズ有限会社 日本における代表者劉廣祥」として、右訴状に送達先として記載されている前記場所にあてて送達に付された。
基秀は、同月二一日、神田郵便局において、郵便送達報告書の「受領者の押印又は署名」欄に「劉廣祥」と署名し、受送達者本人として右判決正本を受領し、その後一四日間を経過した同年八月五日、右判決は確定した。
原告代表者は、同年一〇月八日、株式会社ニューパシフィックツアーズから送付されたファックス(甲第一号証)により、初めて原告の債務者に対する債権が被告に差し押さえられようとしていることを知った。
そこで、原告は、被告代理人飯田秀郷に対して、右債権は原告と無関係である旨の同月二〇日付け書簡(乙第一号証)を送付し、右株式会社ニューパシフィックツアーズも、右被告代理人に対して、同社と原告との間には何ら取引がないことを記載した同月一五日付け書面を送付した(甲第一四号証の1及び2)。
その後、原告代表者は、平成六年二月一日ころ、当庁で本案事件の記録を謄写して、初めて本案事件の内容及び審理経過を知り、同月二五日、本件再審を申し立てた。
なお、基秀は、本案事件の訴状副本をファックスで香港本社へ送信した旨証言するが、前記のとおり、当時は、基秀と原告代表者とが連絡を取り合えるような状況になかったのであるから、右証言は採用できない。
7 強制執行
被告は、平成五年八月一八日、本件確定判決に基づいて執行文の付与を受け、当庁に原告の債務者合計八社に対する債権の差押命令を申し立て、同年一〇月四日、右債権について差押命令を得た。
これにより、被告は、前記争いのない事実等記載のとおり、右八社のうち、ニッカ航空サービス株式会社及び株式会社ニューパシフィックツアーズを除く六社から、合計六六四万九一〇〇円の支払を受けた。
二 以上の認定事実を前提に、各争点につき判断する。
1 争点1(送達の瑕疵)について
(一) 訴状送達及び判決送達の瑕疵について
訴状副本の送達が有効にされず、そのため被告とされた者が訴訟に関与する機会が与えられないまま判決がされた場合には、当事者の代理人として訴訟行為をした者に代理権の欠缺があった場合と別異に扱う理由はなく、民訴法三三八条一項三号の再審事由が存するものと解するのが相当である(最判平成四年九月一〇日民集四六巻六号五五三頁)。
そこで、まず、本案事件における訴状副本の送達が有効にされたかについて検討する。
(二) 原告の日本における代表者について
一般に、商法四七九条一項にいう「日本における代表者」の選任については、日本における営業の主任者たらしめる意図があれば足り、会社成立の準拠法上、代表取締役又は支配人の地位にあることを要しないが、少なくとも営業に関する裁判外の代理権を有することが必要であると解するのが相当である。
そこで、本件についてこれを見るに、前記のとおり、基秀は、平成三年一一月ころから平成五年五月ころまで、実質的には原告の東京支社の責任者として業務を行っており、登記簿上の日本における代表者である劉廣祥は、平成三年一二月以降、原告の東京支社の業務には全く関与していなかった。また、前記のとおり、基秀が原告の香港本社の取締役となった旨の登記がなされていること、ワールドパワーグループの事業案内のパンフレット(乙第七号証)にも、「取締役(ジェネラルマネージャー)」及び「東京支社責任者」として基秀が紹介されていること、甲第一三号証の1及び第一八号証にも、基秀が取締役という意味の「ディレクター」であったことを認める表現が使用されていることに照らせば、原告には前記の選任意思があったものと認められる。したがって、基秀は、平成三年一一月ころには、原告の日本における代表者に選任されていたことが認められる。
ところで、登記簿上日本における代表者が変更されていないが、右登記簿上の記載は、最初の登記申請以来一度も変更されておらず、東京支社の実態を正確に反映したものでないことは明らかであり、右事実は前記認定を左右するものではない。
(三) 基秀の日本における代表者からの解任
基秀が、本案事件の訴状副本が送達された平成五年六月四日以前に、原告の日本における代表者を既に解任されていたかについて、以下検討する。
前記のとおり、基秀は、同年五月一五日付けの書き置き(甲第四号証)を残していること、これを受けて、原告は、同月一八日、基秀を原告の取締役から解任する旨の書面(甲第一八号証)を基秀に送付し、同じころ、顧客に対しても、基秀を原告の取締役から解任したことを通知する内容の書面(甲第一三号証の1)を送付していることからすれば、基秀は、遅くとも同月一八日までには、原告の日本における代表者を解任されていたと推認することができる。
なお、基秀に対する右解任通知の送付について、同人はこれを受領したことを否定するが(乙第三二号証)、日本における代表者の解任については、代表取締役の解任の場合と同様、その効力発生のために被解任者に対する通知等の到達を要するものではないと解されるから(最判昭和四一年一二月二〇日民集二〇巻一〇号二一六〇頁参照)、仮にそうであったとしても、右解任の効力を左右するものではない。
また、香港政庁において、平成五年六月二八日付けで基秀を原告の取締役から解任した旨の登記がされているが、右事実から直ちに前記認定の解任の時期を左右するものではない。
以上のとおり、基秀は、本案事件の訴状副本の受送達者本人たる地位、すなわち原告の日本における代表者としての地位を、同年五月一八日までに失っていたというべきであるから、右訴状副本の送達は、受送達者本人に対するものとしては無効といわなければならない。
(四) 補充送達としての有効性
そこで、次に、本案事件の訴状副本の送達が補充送達として有効か、すなわち、基秀が、右訴状副本が送達された平成五年六月四日当時、原告東京支社の「事務員」つまり従業員であったといえるかについて検討する。
基秀は、平成三年一一月ころ、原告に従業員として雇われ、以後、東京支社で稼働していたことは前記のとおりであるが、基秀に対する解雇通知(甲第一八号証)が同人のもとへ到着したと認めるに足りる証拠はなく、かえって、原告代表者は、右書面を東京の吉祥寺に送ったと供述しているにもかかわらず、右書面には基秀の住所として「東京都足立区」の表示があることからして、基秀がこれを受け取ったと認めることはできない。
しかし、基秀が、平成五年五月一五日ころ、同月二九日をもって東京支社の事務所を閉鎖するという趣旨の書き置き(甲第四号証)を残して出社しなくなっていること、事務員の邵麗潔もこれを受けて右事務所に出勤しなくなったこと、また、基秀自身も、右事務所で残務整理をしていた旨右事務所の閉鎖を前提とする証言をしていることに照らせば、同月二九日ころ、右事務所は実質的には閉鎖され、基秀も原告の業務を行わなくなったことが認められる。
なお、基秀は、その後も同年八月まで残務整理をして、それが終わったころ原告を退社したなどと証言するが、前記のとおり既に邵麗潔によって東京支社の通帳類や基秀の印鑑が持ち出されており、東京支社としての業務は行えないばかりか、原告から基秀に対する給与の支払も期待できない状況で、特段引継事項があったとも考えられないのに、基秀が自主的に残務整理をしていたとは考えにくいことなどに照らせば、右証言は採用できない。
また、本案事件の訴状副本が同年六月四日に配達された際、東京支社の事務所に基秀がいたことは前記のとおりであるが、右事務所は基秀の母親が所有していた部屋を賃借していたものであり、基秀が、自分の私物を整理したり、母親の部屋の管理のために右事務所にいたということも十分考えられることを考慮すれば、右事実から直ちに前記認定を覆すことはできない。
したがって、基秀は、少なくとも平成五年五月二九日の時点では原告を退社し、従業員としての地位を失っていたと認められるから、本案事件における訴状副本の送達は、補充送達としても無効であったといわなければならない。
(五) 結論
以上のとおり、本案事件における訴状副本の送達は無効であったと認められ、また、前記のとおり、本案事件では原告は口頭弁論期日に出席せず、被告の請求を認容する欠席判決がされ、それが確定したのであり、これらの事実に、原告が右判決の存在及び内容を知った経緯を併せ考慮すれば、原告が本案事件の審理に関与する機会は実質的になかったというべきであり、本件確定判決には、民訴法三三八条一項三号の再審事由があるといわなければならない。
2 争点2(再審期間)について
本件再審申立ては、前記のとおり、民訴法三三八条一項三号の代理権の欠缺があったことを理由とするものであるから、同法三四二条三項により、そもそも同条一項の規定は本件には適用されないというべきである。
仮にそうでないとしても、民訴法三四二条一項にいう「再審の事由を知った」とは、確定した終局判決の訴訟手続において重大な瑕疵があった場合に、例外的に、その判決の取消しと事件の再審判を求めることを認めた再審制度の趣旨にかんがみて、確実な事実的根拠に基づいて再審事由があることを現実に了知したことをいうものと解するのが相当である(同法三三八条一項ただし書後段の場合につき前掲最判平成四年九月一〇日参照)。
これを本件についてみるに、前記のとおり、原告代表者は、平成五年一〇月八日、株式会社ニューパシフィックツアーズから送付されたファックス(甲第一号証)により、原告の同社に対する債権が差し押さえられようとしているのを知り、被告代理人飯田秀郷に対して、右債権は原告と無関係である旨の同月二〇日付け書簡(乙第一号証)を送付しているが、右書簡には債権差押事件の事件番号が記載されているのみで、本件確定判決の具体的内容に触れられていないことからしても、この時点で原告代表者が本件確定判決の再審事由を現実に了知したということはできない。
そして、その後、平成六年二月一日に、原告代表者が本案事件の記録謄写をして、本案事件の審理経過を知った時点で初めて、原告代表者は本件確定判決の再審事由の存在を現実に了知したものというべきである。
そうであれば、本件再審の申立ては、原告が本件確定判決の再審事由を知った日から三〇日以内(平成六年二月二五日)にされていることが明らかであるから、民訴法三四二条一項の再審期間内の再審申立てとして適法であるというべきである。
3 争点3(準消費貸借・重畳的債務引受)について
(一) 被告の主位的主張(準消費貸借)について
被告は、前記原因債務1及び2を旧債務として準消費貸借契約を締結した旨主張し、これを裏付ける証拠として本件証書(乙第二号証)を挙げ、被告及び証人基秀は、右証書の作成経緯について、被告は、原告の要請により、平成四年九月二一日、原告に対し、三〇〇万円を返済期限を同年一〇月一五日、利息を年一割、毎月五日限り二万五〇〇〇円ずつ支払うとの約定で貸し付け、その際、前記原因債務1及び2をまとめて三〇〇〇万円として借用証書(本件証書)を作成した旨供述する。
しかしながら、同年七月二一日に三万五七〇〇円が外為送金されているものの、これ以外に右三〇〇万円が三和銀行の口座を通じて原告の東京支社から香港本社に送金された形跡はないこと(甲第二四号証、原告代表者(第一回及び第二回))、原告代表者ではなく基秀が右三〇〇万円の借入について連帯保証人とされていること、当時既に原告代表者と被告との間でパワーヒーローとパワーコーチの出資金について二三〇万香港ドルの返還をめぐる争いが発生していたこと、それにもかかわらず、基秀が三〇〇〇万円の借用証書を原告代表者の承諾を得た上で作成し、被告が原告に対して三〇〇万円を貸し付けたというのは不自然であること、二三〇万香港ドルは当時の為替レートで四〇〇〇万円以上に相当するにもかかわらず、本件証書では貸金は三〇〇〇万円とされていること、これについて被告は、原告には四〇〇〇万円の支払能力がなかったため、三〇〇〇万円の借用証書を作成してもらったと不合理な供述をしていること、かえって、仮に、被告が供述するとおりであるとすれば、支払能力がなく、しかも、未だに債務の弁済をしない原告に、更に三〇〇万円の貸付をするのはいかにも不自然であることなどに照らせば、証人基秀及び被告の前記供述はいずれも採用できない。
被告は、原告代表者に対して、直接、本件証書を作成するように要請した、基秀は本件証書を作成することについては原告代表者に確認していたはずであると供述するが、右供述は、当時原告代表者は逃げ回っていたという被告の供述と矛盾するものであり、また、基秀が原告代表者に確認していたはずだというのは単なる被告の推測にすぎず、基秀は、原告代表者に確認をしていないと明確に供述していることに照らしても、被告の右供述は採用できない。
以上のとおり、原告が基秀に本件証書を作成する権限を個別に与えていたと認めることはできないのであり、結局、本件証書(乙第二号証)が存在することから、原告と被告との本件準消費貸借契約締結の事実を認めることはできない。
なお、本件証書作成当時、基秀は、原告の日本における代表者であり、右地位に基づいて、被告主張の本件準消費貸借契約を締結したとの主張については、前記のとおり、基秀は、原告代表者の具体的な承諾を得ていないにもかかわらず、右証書の借主欄に「ワールドパワーツアーズ株式会社香港本社代表者呉謹仁」と記載した上、「呉」の印鑑を押印し、また、同証書の連帯保証人欄に「呉謹仁」と署名した上、「呉」の印鑑を押印していることなどを総合すれば、基秀は、被告から三〇〇万円を受領したのと引換えに、被告の要求どおりに本件証書を作成したにすぎないこと、被告も、当時の被告と原告代表者との状況からみて、原告代表者が本件証書の作成を承諾することについては、十分疑問を持っていたと考えられることなどからしても、基秀が、原告の日本における代表者として作成したものではないことは、十分知り得たと考えられるのであり、結局、本件証書は真正に作成されたものということはできない。
以上の事実によれば、被告が前記原因債務を前提に本件準消費貸借契約を締結した旨の主張は採用できない。
(二) 原因債務1について
前記のとおり、パワーヒーローは、被告が節税対策の目的で原告代表者に依頼して香港に設立させたペーパーカンパニーであり、その営業活動としては、香港のコンドミニアムを一つだけ購入し、これを緒方格に賃貸して収益を得ようとしたこと、その出資金や右コンドミニアムの購入費用は、被告が協和銀行からの借入等をして全額負担していたこと、右コンドミニアムは、緒方格に対する賃貸が終了した後すぐに売却され、その売却代金のうち経費等を差し引いた残額は、同社の他の事業目的等に使用されることなく、銀行に預金されたことが認められる。
他方、原告代表者は、パワーヒーローを管理、運営した報酬として受け取ることのできる右コンドミニアムの売却による利益の半分である四八万香港ドル及びパワーコーチの追加出資分七二万香港ドルの合計一一〇万香港ドルの預金を引き出して受領した旨主張し、これに沿う供述をする。
パワーヒーローが、日本にいる被告に代わって原告代表者によって事実上運営されていたことは明らかであるものの、原告代表者と被告との間で、右運営の報酬として利益の半分を支払う旨の合意があったことを認めるに足りる証拠はなく、かえって、パワーヒーローの貸借対照表(乙第一七号証)には、四一一七香港ドル余りの手数料が原告代表者に支払われたとの記載が存すること、緒方格から被告にあてた書簡(乙第二四号証)には、不動産購入の際に、不動産業者に対する手数料と原告代表者に対する手数料と合わせて購入額の四パーセントの手数料が必要であり、月々の家賃から五ないし一〇パーセントの手数料を原告代表者が要求しているとの記載があることからすれば、原告が主張するように、利益の半分が原告代表者の報酬であるとの合意があったと認めることはできず、また、パワーコーチの追加出資については、原告代表者の供述によっても具体的な額さえ定めていなかったというのであるから、その合意があったと認めることはできない。
したがって、前記一一〇万香港ドルは、パワーヒーローが前記コンドミニアムの売却により存在意義を失うと同時に、本来的には被告に返還されるべきものであり、原告代表者は、被告に対して、一一〇万香港ドルを返還する義務を負っているものと解される。
(三) 原因債務2について
前記のとおり、パワーコーチの観光バスはローンで購入されており、被告が原告代表者から渡された株券(乙第八号証)には香港法務局の認証印がないなどの事実が認められるが、他方、被告の出資金一二〇万香港ドルが原告の運転資金に流用されたり、右出資金が右観光バスの購入以外の用途に使用されたと認めるに足りる証拠はない。
したがって、被告が、パワーコーチの出資金一二〇万香港ドルについて、原告又は原告代表者に対して返還請求権を有することは認められない。
(四) 被告の予備的主張(重畳的債務引受)について
以上のとおり、原告代表者の被告に対する原因債務2があったと認めることはできないから、原告代表者の被告に対する原因債務1が存在することが認められるところ、被告は、基秀による本件証書(乙第二号証)の作成により、原告が原告代表者の前記原因債務1及び2を重畳的に引き受けたと主張し、証人基秀及び被告はこれに沿う供述をする。
しかしながら、本件証書並びに被告及び証人基秀の供述によって原告の重畳的債務引受契約の締結の事実を認めることができないのは右(一)記載のとおりであり、その他これを認めるに足りる証拠はなく、結局、被告の主張は採用できない。
4 争点4(不当利得)について
以上のとおり、本件事件において、その訴状送達に瑕疵があり、しかも、被告の請求は棄却されるべきものであるから、被告が本件確定判決に基づき強制執行して回収した金員は、その法律上の原因を欠くものであり、不当利得となる。
原告は、原告のニッカ航空サービス株式会社に対する七五二万八五〇〇円の債権について、時効中断のため、強制執行停止の申立てを取り下げたから、被告が新たに同社に対する取立訴訟を提起し、勝訴判決を得て右債権を取り立てることが確実視されると主張するが、これを認めるに足りる証拠はなく、右債権にかかる部分についての原告の請求は認めることができない。
また、原告は、遅延損害金の起算日は、裁判所から被告に対して、原告の債務者に対する債権差押命令正本の送達が完了したとの通知があった平成五年一〇月二六日であると主張するが、同日に右通知があったという証拠はなく、また、同日までに被告が右債務者から合計六六四万九一〇〇円を回収したという証拠もない。したがって、遅延損害金の起算日は、併合事件の訴状が送達された日の翌日である平成七年一月二〇日と解するのが相当である。
三 結論
よって、原告の再審請求は理由があるので本件確定判決を取り消し、被告の原告に対する本案請求は理由がないのでこれを棄却し、原告の被告に対する請求は、六六四万九一〇〇円及びこれに対する平成七年一月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし、仮執行宣言はこれを付さないのが相当であるから、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・木村元昭、裁判官・青沼潔、裁判官・大森直哉)